文久三年【梅雨】

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    水無月の終わり頃、その日も雨は降っていたが芹沢に呼ばれた。 「今日は街に出てくる、本庄君、君も一緒に来たまえ」 一瞬ポカンと芹沢を見てしまった。 新見から名前を呼ばれ 「畏まりました」 と返すと、其の足で外へ向かい、私は芹沢と女…お梅に番傘をさして歩く。 一体何処へ向う気なのか知れないが芹沢は何時に無くご機嫌の様だ。 茶屋や呉服屋等を周り日も暮れた頃島原へ向かい目星の付いた店の前まで来ると今日は戻らないから一人で屋敷に帰れと言われた。 一体何だったのかと分からない一日だった、誰に会うでも、何を買うでもなく京を歩いて回る。 多少の気分転換にはなった気がして、まさかと思ったが止めた。 有り得ない 芹沢が私を気遣ったなど 天変地異も恐ろしくない 馬鹿馬鹿しいったらない 真榛色の着物に鼠色の袴を履き何処からどう見ても男にしか見えない自分が少し可笑しかったが気楽でいい… 一人で歩く雨降る京の都は趣きがあるが濡れた分寂しさは倍増していく。 透は元気だろうか ちゃんと食事を摂っているだろうか 誰か話し相手はいるだろうか もう三ヶ月… こんなに透と離れた事は無かった… 偶然なのか知らずに足が向いていたのか、気付けば透と初めてこの京の都に来た広い通りを歩いていた。 この世界に私を知っている人間など誰一人いない。 そんな事が頭を過った所為か肩を叩かれて自分でもびっくりする程体が跳ねた。 「大丈夫ですか?…本庄さん」 「……沖、田…さん」 番傘を落とした私は無意識に右手が柄に伸びていた。
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