文久三年【初夏】

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    「どかぬか本庄!!」 新見の怒鳴り声に少年は震えた 「下がれ、子供」 小さく耳打ちするが少年は腰を抜かして泣きながら後退りするだけで逃げられない 「本庄君、私は今機嫌が悪いのだよ」 芹沢の喉の奥で笑った様な喋り方に堪忍袋の緒が切れた 「奇遇でございますね、芹沢様…私も丁度虫の居所が大変悪ぅございまして…」 右腕を上に跳ね上げ刀を払うと立ち上がり少年の前に立ち芹沢と向き直る 「貴様何という口の訊き方だ!」 野口が一歩前に出ると芹沢が刀で制する 「ほう、君は私の小姓でありながら私に刀を向けるのかね?」 芹沢は気味の悪い笑みを浮かべて切っ先を私の目の前に据えた 野次馬達は息を飲んで数歩下がる 「まさか…しかし、芹沢様とも在ろう御方がよもや憂さ晴らしにこのような童でお心が晴れるとは思われませぬ…それに、童の肉は水気が多く刀が錆びてしまわれましょう…なれば、僭越ながらこの小姓本庄が芹沢様の憂さと錆を晴らすお相手になりましょうぞ」 私は一度納刀して膝を着いた 「面白い、本庄貴様芹沢先生の為にその首を差し出すと申されるか?」 平山は未だ刀を構え笑っている 「首?いいえ、私の首では芹沢様の刀の錆は落ちますまい…生憎と磨ぎ石を持ち合わせておりませぬ故、この堀川で削ぎ落としましょう」 ニヤリと笑って平山を見ると目を開いて一歩下がった
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