文久三年【初夏】

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    取り敢えず店を出て芹沢達を追い掛ける 人混みの中に野口を見付けた時だった トン! 足に何かがぶつかった、差程の衝撃は無かったが足元が見えてなかった為にかなり驚いた 「…これ、ありがとう…」 たどたどしい声と何か小さく暖かいらしき物が左手に触れ、何かを握らせた気がした 直ぐに下を向いたが既にその姿は無く感覚の無い左手は何かを落とした 飴? 右手で拾ってキョロキョロと辺りを見渡すと視線を見付けた 少し先の升屋の軒先から私を見ている子供がいる 人混みの中からでも分かる強い眼差し 誰だったか? そっと袖を引かれて振り返ると壮年の男が立っていて商人の様だった 「何か?」 「あの坊やは本庄様が助けはった升屋の坊やです」 男はそれだけ言って逃げる様に小走りで大通りの人波に消えた 気付くと周りの人は私を少し避けていて飴を握った男に見える私は正直浮いていた でも、少し嬉しくて少年に笑顔だけ向けて芹沢を追い掛けた 声を掛けちゃいけない あの子供は逃げ切れたのだ 私が声を掛ければ目を付けられる 「邸で洗えば食べれるよね」 一人ぼやいて追い付いた私を平間は怪訝そうに睨んでいたのに私は珍しく笑って返した
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