文久三年【初夏】

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    夜、庭先で一人飴を噛り星空を眺めていた 勿論、洗った飴だ 私の部屋の目の前にある庭は奥行が四畳分程あってかなり広く誰がやってるのか知らないが手入れが行き届いて松葉菊や七変化、檜扇水仙、擬宝珠、紫陽花、夏椿、まだ咲かない月下美人 色とりどりが趣味よく植えられていた 夜、部屋から出たのは初めてだった 何度が人の気配がした事があり刀を構えた事もあるが何時も一刻程部屋の前の庭にいるだけで声を掛ける事もそれ以上部屋に近付く事も無かった だけど、朝起きて庭を見れば必ず花が一輪置かれている 誰か分からないけど季節の花の花言葉はいつも何かを訴えかけているようで… でも沖田さんとの会話を考えれば前川邸の者かとも思ったが分からなかった 春の花韮は悲しい別れを意味し、浜簪は同情、麝香連理草は門出や別離、金箋花は暗い悲しみ、嘆き 夏の白粉花は臆病、瑠璃菊は追想、桔梗撫子はあなたの望みを受ける どれも自意識過剰になっても仕方ない様な花ばかりだ しかし、私はその花の差出人の姿を見ようとした事は無い きっと見てしまえば私は又弱くなる、刀が握れなくなる事だけは嫌だった 月は天中に上り十一時頃かと思った カサリ 風とは違う葉の動く音 まさか、私が居る前に姿を見せる気かと思い急いで部屋に入ろうと立ち上がった 「…本庄…」 何ヵ月か前に聞いた関西訛りの声
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