文久三年【初夏】

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    戸を閉め私は崩れ落ちた 泣かない 絶対泣くものか 私には帰る場所がある 大丈夫 まだ一人で頑張れる 私が戸にもたれかかっていると帰った筈の彼は初めて戸を一枚隔てた反対側に立っていた 「本庄…籠の中の鳥はな綺麗に鳴かな殺されんねん」 カタッと音がして山崎さんは戸に手を掛けた様で僅かに揺れた 「でも、お前を此処で鳴かせる事だけはさせたない…況してや絶対に殺させん……近藤さん達が今必死になってはる、もう少しやから、もう少しやから黙って大人しゅう待っとき…必ず出したるさかい…な、本庄」 感情の表現が薄いと言われていた山崎さんの声から表情は苦い物が優に想像できた 「又、来る…花はな、毎回選んでる奴違うねん、紫露草は早阪が選んでてん……帰ってきたら教えたるからな」 泣かない 絶対泣かないと決めたのに 嬉しくて 嬉しくて 嬉しくて 雫が落ちる 「私は、待ってるだけなど堪えられません…」 「あかん…頼むさかい大人しゅう待ってるんや、先日の騒ぎ前川邸で大事になっててん芹沢の耳に入ったらどう転ぶか分からへん…今、芹沢と新見の間に何かある様で此処もごたついてる、大人しゅうしてるんや、絶対やぞ……人が来る、行くで」 フッと気配が消え遠くから足音が聞こえる 「本庄!起きろ本庄!!」 「はい…何でしょうか?」 涙を拭いて出ると野口が立っていた
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