文久三年【初夏】

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    翌晩、七時過ぎ位に廊下で足音が聞こえた 部屋の前まで来て何故か戸を開けない 誰だ?こんな時間に… 離れの私の部屋に来る人間はまずいない、夜なら尚更で余程泥酔しない限りは間違えても絶対近寄らない 戸の外の人間は何度か戸に手を掛けては離しを繰り返して仕舞には廊下に座り込んだ そろそろ声を掛けるべきか… 立ち上がろうと右手を着いた 「本庄」 「…はい?」 野口? 返事をすると野口はやっと戸を開けて入ってきた 野口は自分で戸を開けて入ってきたのだ 別に私が入れと言った訳でも引き摺り込んだ訳でもない なのにこの男、私を見るなり嫌悪感を遠慮も惜しみも無く顔に出す 「何か御用でしょうか野口殿」 「用が無ければこんな所誰が来るか!!」 殴りたい… 「では御用件をお伺いします」 「………」 野口は苦い顔のまま黙った 用件を言え!! 「…野口殿?」 「明晩……」 野口はボソリと喋るが直ぐに途切れる 「明晩が何でございますか?」 「…明晩……明晩!!貴様はこの部屋から絶対に出るな!!いいな!!」 何かを決心したのか野口は突然片膝で立って怒鳴る様な大声を出した 「…はぁ?何かあるんですか?」 「黙れ!!明晩必ず新見殿が来られるが風邪でも何でもいい絶対部屋から出られないと言え!!いいな!!背いたら斬る!!」 野口は興奮しているのか刀を持って柄を突き付けた 「…分かりましたから刀をお納め下さい」 やんわりと右手で刀を押し戻すと今度は突然力が抜けて座り込んだ 「何をしてるんだ私は…こんな事が……こんな事がばれたら私は…」 「私が口外しなければ済みましょう?」 野口は完全に狼狽して頻りに部屋の外を気にしている
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