焦燥

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 昨夜あたしの気紛れの晩酌に付き合ってくれた大嶋は24時前の最終電車を逃して、今日も朝からの仕事を抱えているのに、あたしと一晩過ごすことになった。  だけどあたしは最初から大嶋とセックスしたくて彼を呼び出したんだし、大嶋だってそれを解かってて会いに来てくれたんだ。それなのにあたし達はお互いに、帰るの?仕事あるから、やだ、また今度な、なんて、わざとらしい遣り取りを交した。それから駅まで二人で歩いて、改札の隅で永い永いキスをしている間に彼は最終に乗り損ね、その侭あたしとホテルに雪崩れ込んだ。    起こしてあげたくないな、と、あたしは思った。連日仕事で夜が遅いらしいことは、大嶋自身から聞かされて知っている。だけど寝かせておきたいのは優しさからではなくて、少しでも永くあたしのそばにいて欲しいと云う、利己心の表れに過ぎない。  大嶋には仕事があって、守るべき家庭もある。そして家庭を守る為には、熱心に働いて稼がなくてはいけない。今起こせば、大嶋は始発電車に乗って、何喰わぬ顔で家に帰り、背広に着替え、妻と幼い息子に見送られながら、遅刻もせずに出社するのだろう。その為に愛する男の起床を促すなんて、馬鹿々々しいにも程がある。
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