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もう十分は歩いただろう。俺たちは教室を出てから、まだ一言も喋ってなかった。
美咲は歩きながら、時々ふらついた。目は遠くを見ている。
どう話しかければいいかわからなかったけど、無言でいても何も変わらないと思った。
「ねえ、美咲?」
美咲はハッと我に返り、俺の方を見た。
「ごめん、考えごとしてた。何?」
あくまでも明るく振る舞おうとする。美咲は、一年の時からずっと西大学一筋だった。プライドが高い彼女は、三年間ずっとA判定を取るという決まりを、自分の中で作っていた。
俺のせいで…こんな馬鹿のせいで成績下がって、そりゃ悔しいよな。
俺は鞄から、模試の結果を取り出した。そして美咲に差し出した。
「南大学、B判定だったんだ」
その瞬間、美咲の表情が一気に変わった。ぱあっと明るくなった。
「本当に!?やったじゃん!!」
美咲は俺から模試の結果を奪い取り、じっくりと内容に目を通した。
「やっぱり裕哉、英語かなり出来るんだね!ダントツで成績いい。やれば出来るじゃーん」
自分のことのように喜んでくれた。褒め言葉と褒め言葉の間に、何度もすごい、すごいと挟んで。
「このまま勉強し続けたら絶対伸びるよ!南大学よりも上も狙えるかもしれない。これからも私と一緒に…」
その言葉の続きはわかっていた。美咲は自分のことより、他人を大切にする。そういう思いやりのある子だった。
「美咲、もう勉強は教えてくれなくていいよ」
美咲は目を真ん丸にした。
「え…でも、」
「大丈夫。勉強はちゃんと続けるから」
もちろんそれは本心だった。
「俺、美咲に勉強教えてもらって、なんとなくやり方わかったし。これからは一人でも大丈夫だよ」
これは半分本当で、半分嘘だった。やり方はなんとなくだけどわかったつもり。実際、家庭教師の期間中も、美咲が帰った後に一人で復習したりしていた。
だけど、大丈夫という言葉は嘘。美咲がいたから、頑張れたんだし。
でも、これ以上美咲に迷惑はかけられなかった。かけたくなかった。
美咲は納得してくれなかった。信じてないとか、そういうんじゃなくて。美咲は美咲なりに協力したいって気持ちがあったんだと思う。
でも俺は、やっぱりあの悔しそうな、悲しそうな、泣きそうな顔を見たら、じゃあまたよろしくなんて安い言葉は言えなかった。
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