876人が本棚に入れています
本棚に追加
その日の夜、俺は夢を見た。小さい頃の夢……あの日のことはもう見ることはないと思っていたのに。
小学三年の11月26日。その日は俺たちの誕生日だった。
学校の先生や友達は、「おめでとう」って言ってくれた。それは素直に嬉しかったし、言われるのは好きだった。
昔、父方の祖母が教えてくれたことがある。「誕生日おめでとう」の言葉には「生まれてきてくれてありがとう」の意味もあるのだという。
皆に「おめでとう」を言ってくれるのはもちろん嬉しいが、本当は両親に言って欲しかった。
けど、二人は忙しそうだ。朝早くから出て行った父さん。家事をしながら嵐の看病をする母さん。朝はどうしても、今日が誕生日だと言えなかった。
でも、帰ったら言ってくれる。だって、今日は誕生日なんだから。
そんな自信を持ちながら、嵐のプレゼントを買う為に商店街の本屋に向かった。
嵐が欲しがっていた本は、少々厚めの推理小説。店員さんに頼んでプレゼント用にラッピングしてもらって、意気揚々と帰ってきた。
「ただいまー」
返事はない。でも、こんなのいつものことだ。
部屋に行って荷物を置き、まずは母さんを探す。母さんは庭で洗濯物を取り込んでいた。
「お母さん。今日って」
「あ、帰ってたの。ちょうど良かった、これ畳んでおいてね」
母さんはそう言って、洗濯物を俺に渡すとさっさと行ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!