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一口、また一口飲むと、父さんの言う通り落ち着くことが出来た。
「この味、よく父さんが作ってくれた味だよね」
「……覚えていたのか?」
俺がこの味を覚えていたのが意外だったらしく、驚きの声をあげた。
覚えてるよ、父さん。だってこれは、父さんが教えてくれた俺と父さんだけの味だもの。
「……私は、もう忘れているものだと思っていたよ」
「え……?」
父さんが急にそんなことを言うもんだから、俺は驚いて顔を上げた。父さんは、懐から一枚の折り畳まれた紙を取り出し、机の中央に置いた。
「これ……」
その紙は、昔俺が書いて机の奥底に仕舞い込んだはずのあの紙で。
なんで父さんが持っているのか、分からなかった。
「すまない。お前が水越君の家に預かってもらった時に、見つけてそのままだった」
「……失望した?息子がこんなに欲深くて」
見られたくなかったから、机の奥に仕舞ったんだ。
こんな汚い自分を見られたくなくて。
嫌われたくなくて。
だから仕舞ってたのに。
「失望?まさか。私は、これを見た時、自分が情けなくなったよ。……私はなんて最低な父親なのか、とね」
一瞬、父さんの言っている意味が分からなかった。父さんは仕事があったんだもの。仕方なかったじゃないか。
なのに、最低な父親?どこが最低だって言うんだ。
俺の心情が顔に出ていたのかは分からないが、父さんは静かにあの紙を指差した。
「これ、お前は『欲』だと言ったけれども、私はそうは思わないよ」
欲を書いたはずなのに、欲じゃない?
父さんの言ってる意味が分からず、俺はその紙を開いて読んでみた。
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