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子供ながらの拙い字で書かれていたのは、確かに『欲』というのとは違うものだった。
「四人でいっしょにごはん食べたい」
「帰ってきたらおかえりって言ってほしい」
「たん生日おめでとうって言ってほしい」
「名前をもっとよんでほしい」
「もっと笑ってほしい」
「頭をなでてほしい」
そんな言葉で埋め尽くされた紙の最後の方には、涙で滲んだ文字でこう書かれていた。
「おこらせてごめんなさい。じゃまでごめんなさい。生まれてきてごめんなさい」
「……こんな小さな『願い』も叶えてやれない。それどころか、こんなことを書かせてしまった。父親失格だな」
父さんは自嘲気味に笑いながら呟く。その表情に、俺はずきりと胸が痛くなった。
「だから、お前には恨まれていて当然……」
「違うよ」
父さんの声を遮り、俺ははっきりと言った。
違う、違うんだ。だって俺は、父さん達を恨んだことなんてないんだから!
「父さん達を恨んだことなんて、一度もないよ。ただ、父さん達が、父さんの気持ちが、分からなくなっただけ」
小さい頃の思い出は数えるは度しかなく、水越に会うまで、ろくに会話もしなかった。
中学卒業までの間に、ようやく望んでいた普通の生活が出来たと思ったら、父さん達は海外に行くという。
父さんや母さんとの接点があまりなかったせいか、二人が与えてくれるものが愛情なのかそれとも俺に対する同情なのか分からなくなった。
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