傷痕

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 子供の頃は、いつも一人でいることが多かった。  嵐が体調を崩したのが四歳辺りのことで、両親はそちらに掛かり切りになってしまっていたからだ。  父さんは会社の上役で、連日の様に夜遅くまで仕事をし、家には寝に帰って来るだけの様な生活。  母さんは嵐が心配で、朝から晩までずっと篭っている様な毎日。  子供ながらに、両親が大変なのは感じていたので、出来るだけ迷惑をかけない様にしていた。  友達がどこかへ出掛けたという話を聞いた。  何かを買ってもらったという話を聞いた。  嬉しそうに笑う友達を見て、俺はただ笑うだけだった。  自分に話が振られることがないようにごまかして、嘘ついて、幸せそうな演技をしていた。  我が儘なんて言わなかった。    (言えなかった)  羨ましいとは思わなかった。  (代わりに仕方ないと思った)  寂しいとは思わなかった。  (悲しいとも思えなかった)  嘘をつきすぎた俺は、嘘をつくのが当たり前になっていた。  小学生の頃は、更に苦痛だったかもしれない。  学校の行事に両親が来たのは、入学式と卒業式くらいだ。  嵐が学校に来れたのもその二回ぐらいなので、先生も覚えているのかわからない。  運動会も授業参観も、両親のどちらかが来たことなんてなかった。  周りの目は俺を『可哀相な子供』という目で見ていた。次第に、周りの目は俺から両親へと向けられた。  俺のせいで両親に迷惑をかけたくなくて、必死に得意な嘘をついた。  特に、授業参観では、家族についての作文を発表する。  俺は原稿用紙一枚分に書いた、真っ赤な嘘を読み上げた。 『父さんは疲れていても、いつも笑顔で頭を撫でてくれます』  ……嘘。俺は父さんの疲れた顔しか見ていない。 『母さんはいつも美味しい料理を作ってくれます』  ……嘘。自分の分の食事は自分で作っている。 『嵐は今は病気で大変ですが、笑顔を忘れたことがありません』  ……嘘。俺は障子の向こうに入ることはない。  嘘嘘嘘嘘、全部嘘。  俺は嘘の物語を読んで、教室で拍手をもらった。  すべてが嘘の作文で、校長先生に表彰までされた。  俺は嘘をついていくことに、苦痛はなくなっていった。  代わりに、表情だけ変わる人形の様になっていた。
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