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ぼんやりしていたこいつは、ようやく俺の顔を認識したようで、だんだんと表情が驚愕の色に染まった。
当たり前か。昼間にこいつの事を嫌いだと言ったやつが、目の前にいるのだから。
「水、越君?」
「なんだ?」
出来るだけ優しく、こいつが安心出来るように、静かに問い掛ける。
それにも驚いていたようだが、こいつはすぐに表情を変えた。
俺の大嫌いな、嘘を貼付けたあの顔に。
「あれ、俺どうして」
嘘の顔で話し掛けてくるこいつ。
でも、今は怒らず、静かに説明した。
「お前、学校で倒れたんだよ。雨降ってたし、日が沈んできたから俺ん家に連れて来た」
「……そうなんだ。なんか、ごめんね。水越君、俺の事嫌いなのに……。すぐに帰るから」
そう言って、無理に起き上がろうとするこいつの腕を、俺はさっと掴んだ。
「え?」
「帰らせねぇよ、浅羽・弟から頼まれてるからな」
「嵐……から?」
身体を強張らせ、大きく目を見開く。
よほど弟からという事がショックだったのだろう。そこに俺は追い討ちをかけた。
「お前ん家、親父さんの勤めてる会社が危なくて、親父さんが帰って来れないんだろ?」
「……どうしてそれを?」
その質問には答えず、言葉を続けた。
「お袋さんは弟の看病疲れでやつれて寝込んでる。弟も風邪で寝込んでいるから家の事はいつも一人でこなしてる。いつも、一人で、十年近く……」
「止めて!」
激しい抵抗と共に、俺を拒絶しようとしているが、元々華奢な体つきで、しかもさっきまで倒れていた人間だ。俺の腕を振りほどけるわけも無かった。
俺は、まだ暴れているこいつを押さえ付けるように、抱き寄せた。
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