第一章 万屋時雨

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 季節は冬、今年の四月に今通っている学園に入学し、月日は流れ年も明け、いつの間にやら二年生まで残り数ヶ月。時が流れるのは大変早いものである。時間は貴重なものである事を実感せざるを得ない。この貴重な時間を無駄にしないよう少しでも長い時間眠ることにした。 「時雨、朝じゃぞ」  眠ると決めた瞬間にこれかよ。現実はそう甘くはなかった。 「起きろと言うておるではないか! 遅刻するぞ時雨!」  言葉は堅っ苦しいがそれに、その堅苦しい言葉使いに比例するかの如く舌っ足らずな叫び声と共に肩が一センチ程度の大きさでユサユサと揺れる。思いのほか心地よく、かえって眠くなる。  暫く揺らされていたが、さすがに疲れたのか急に揺れが治まった。と思ったら今度は額に何かが登っていく様な感触に襲われる。 「何を心地よくなっておるか! くぬっ! くぬ!」  痛てっ。  額をガシガシと叩かれる。というより、この感じは足で踏まれているのだろう。 「寝たふりなんぞ、しておらんで、さっさと、用意を、済まっせんか!」  今度は髪を引っ張り始める。 「……なんだよ、気づいてたのかよ?」  俺は体を起こし、さっきから騒いでいる方を向く。見ると声の主は枕の横で腕を組みふんぞり返っている。 「気づかぬわけが無かろう、何年一緒に居ると思っておる」  世界の真理を語るような表情でそう呟く。 「じゃあ何で起こそうとしたんだよ? 額まで蹴りやがって」  そう訊くと、 「……ノリじゃ」  そうかい。  耳元でギャアギャア騒ぐ奴を半ば無視し、着替えを済ませ階段を降りリビングに向かう。途端にいい匂いが鼻をつく。 「よう由貴、今日は和食か?」  そこにはテーブルに料理を並べている由貴の姿があった。学園の制服にエプロンを着け、髪も上げている姿はどう見ても女の子だが、エプロンの下に着ている男子制服がそれを否定している。 「あ、おはよう時雨。もうご飯出来てるから座ってよ」  そう言って由貴は冷蔵庫にお茶を取りに行く。 「あれ? 今日はちゃんと起きたんだね」  少し遅れて桜が降りてくる。 「たまにはな、それより飯出来てるぞ」  そう言って俺は椅子に座る。少しして桜と由貴も席につく。テーブルに視線をやると、ちょっと男が作った様には見えない料理が並んでいた。
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