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見れば、美加の手は泥まみれ。心哉は、まず自分の、ついで、美加の涙を、手の甲で拭った。
「……こんな時、気の効いた台詞の一つも、言えりゃぁ、いいんだけど」
聞き覚えのある言葉に、美加は精一杯の、泣き笑いの顔を心哉に向けた。
「……らしくないから、無理しないでって、言わなかったっけ?」
そうして二人は、相手の肩に、互いの頭を預け合った。二人の手が、震えながら、ゆっくりと相手の背中に回された。それも、ためらいがちに、恐々と。
そして、自分の背中にも相手の腕の温もりを感じた瞬間、ほとんど同時に、強く抱き締め合った。
しあわせの形、しあわせの温もり、しあわせの重さ、しあわせの手応え、しあわせの弾力、しあわせの匂い、しあわせの息苦しさ、しあわせの鼓動、しあわせの手触り、しあわせの息遣い、しあわせの、しあわせの、しあわせの……
もう、泣いても笑っても構わない。失くしてからそれに気付いた大切なもの。
二人はやっと、それを再び手に入れることが出来た。
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