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水飲み場で洗った手。泥だらけになった心哉のスーツ。それから他愛もない話。
参道脇のベンチに腰掛け、そこで交わされた言葉は、費やされた時間に比してそう多くはなかったが、それで二人には十分だった。
辺りには、もう、夕暮れの気配が近付いてきていた。
「……ここのコスモス、ミィカが植えたの?」
「うん」
「どうして、こんな?」
「毎年、優児に、コスモスを供えてくれる人がいたの。
それで、そのひとに、見せたいなって思って」
美加は、ちらりと、心哉の顔を覗き見た。
「アッキーさんとココちゃんだったら、うちに直接来るから……
シンちゃんだって、思ってた」
いきなり美加は立ち上がり、心哉に向き直った。
口元に浮かぶいたずらな微笑みは、フライアップの時代と、何一つ変わらない。
「それで、管理事務所に、怒られちゃった。
ホントは私、今日、ここのコスモス、全部引き抜くつもりで来てたのよ」
「そうだったのか。
……よかった。間に合って」
そう言って、心哉もゆっくりと立ち上がった。
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