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奴は自分を佐倉朔と名乗った。
本名じゃないだろう、と云うと、信じたくないなら其れでも善い、と云った。
サクラサク。
目眩のするような響きが、幼いぼくには何故か羨ましく、憎らしかった。
サクはぼくをカイと呼んだ。
会長のカイらしい。
ぼくは会長じゃあないと二、三度否定を試みたが、サクはぼくをカイと呼んだ。
あの後、サクと喋って居たぼくは、当然、本来の目的を果たせた筈も無く、生徒会室に戻ると皆既に帰途についていた。
サクは饒舌だった。だからといって、無駄は無く、ぼくは飽きずに黙って一言一句に聴き惚れて居た。
奴の言葉には不思議な響きがあると思う。
話に因ると、一年半程も休学していたらしい。
なるほど、視たことが無い訳だった。
ぼくと奴は意味も約束も無く屋上で逢った。
昼と放課後、行くといつも奴が居た。
授業に出ているかも謎だったが、ぼくは調べる故も由も無かった。
奴については、サクラサクという曖昧な名前しか知らない。
名前や年齢が本当なのかも、クラスも、性別さえも定かでは無い。
奴は酷く中性的だった。
漆黒の髪は左短く、右は顎下まであった。
左から視れば少年の貌をしていたが、右から視れば、或いは女性的だった。
骨格から判断しようにも、少し余裕の有るスラックスにカーディガウンだったので、好く判らない。
喉元も、常に包帯が巻かれていて、確認出来ない。
「おれは空気で居たいんだよ。」
確かに、掴み処の無い奴だった。
全てが曖昧で、いつの日か其の存在さえも揺らめくのでは、と思ったこともある。
其れが、いつの間にか、逆にぼくの不安要素に成って居た。
サクはそんなぼくを愉しんで居たよ、絶対。
何処まで厭味な奴だろう。
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