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「寒くないか」
衛藤は微笑み、ビニール袋を掲げてみせた。
「リンゴもってきたよ」
反応はなかった。
母の瞳に衛藤の姿は映っていない。
母は聖職者と呼ばれた教師だった。
二十歳で父と結婚し、四人の子供を授かった。
地元の中学で英語の教鞭を取った。
親切。
丁寧。
厳しさと温かみのある教師として誰からも信頼された。
職場でも家庭でもみんなの手本となっていた。
ところが定年間際に父が死に、兄の横領事件が発覚すると心の歯車が狂った。
聖職者という檻のなかで、母は自らを歪ませた。
檻にぶつかって怪我をした鳥は、衰弱し意思を失った。
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