act.Ⅶ 君について考えている

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振り返って僕の存在を見つけた藤子の状況判断は、憎たらしいほど俊敏かつ的確で、カラの買い物かごを手早くまとめて「バックヤードの補充に入ります!」と宣言して、関係者以外立入禁止の向こうへと風のように消えてしまった。 僕は事務所のドアに駆け寄り、きっと聞いているはずの藤子に語りかけた。 「明日、大倉のコンサートホールで僕のリサイタルがある。藤子にもぜひ来て欲しい」 ドアの向こうからは物音ひとつしない。 作業の手を止め、耳を傾けていることを願う。 「僕はこのリサイタルが終わったら、通山へ帰らなくてはならない。その前に君と、話がしたい。 藤子、聞いてる? チケットを中谷さんに渡しておく。明日、午後六時の開演だから。待ってる」 反応が何もないドアを離れ、心配そうにこちらを窺っていたレジカウンターに居る中谷さんに、僕はチケットを数枚手渡し、淡い期待を抱いて、きらめきマート藤川店を出た。  
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