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開演三十分前に三人は嵐のように去って行き、僕は係員にもう誰も通さないようにと念を押して、控え室の鏡の前で目を閉じる。
心を落ち着かせ、雑念を払う。
僕に、失敗は許されない。
今は、この時だけに全てを捧げ、観衆に感動を、自分には達成感を。
そして、彼女には……。
僕はそこでかぶりを振った。
雑念を払いきれていない自分に、うんざりする。
藤子に出会う前は、母の死の時でさえ僕は、完璧な榊 揚羽をNew yearコンサートという大舞台で披露した。
たとえ相手が素人の観衆であろうと、小さな町のホールであろうと、僕は今まで積み上げてきた絶対的な自信と誇りを持って、完璧な榊 揚羽でなければならない。
そうでなければ、神童という冠は捨てなければいけない。
初めて経験する、自分の精神的なものからくるプレッシャーに押し潰されそうになる。
そこでまた藤子を思い出す。
……どこまで色ボケをしているんだ、僕は。
鏡台に両手を伸ばして突っ伏していると、ノックもせず控え室に入ってきた人物が僕の肩を叩いた。
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