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細い小枝が跳ねた時に掠った部分に、触れて来る手を跳ね除ける。
からかい気味の視線がうるさい。
「なぁ……。
呼び捨てでかまわないって、俺、言わなかったか?」
さっきからそのせいもあって、かなり居心地が悪い。
その原因の半分は、騙すつもりでいる罪悪感からかもしれない。
「言いましたっけ?」
王子は白々しく返して来た。
いや、この顔は白々しくというよりも、本当に聞いていないってところか。
どちらか判別しがたい笑顔がすべてを隠している様子に、俺はこっそりと舌打ちした。
とにかくこの仕事を早く終わらせて、引き渡すのが先決だ。
「あ~いましたね~」
また今度は体ごと引き寄せられて、軽々と抱き上げられた。
マントにすっかり隠されてはいるが、いわゆるお姫様抱っこというやつで、ものすごく恥かしい。
でも、これが一応の打ち合わせだ。
「失敗するほうに百オール」
「うわ~最初からそういうことをいいますか」
王子が小さく呟く音律で、背中がゾワゾワする。
でも、近くで聞くと何を言っているのかがわかる。
「……風の流転 逆巻きの時計 時間の花よ 彼の混乱を……」
あの時と同じに、王子の表情が消える。
風と光をはらんだ髪がかすかに浮かぶ。
その状態で門に近づくと、無言で兵士が道を開けた。
殺気も何もなく、なんの警戒もなく、貴人を迎えるように緊張した静けさがある。
もちろん、王子も王族の威厳を纏っていて、とてもさっきまでの情けない貴族の姿がない。
比べなくとも一目で王族と納得できる様子に、俺は舌打ちしたい衝動を堪える。
「どうもー」
危ぶむ耳に、実に楽しげな王子の声が届いた。
ここはすでに城内だ。
だが、城の兵士が、俺たちをまったく危ぶまない。
「あの失礼ですが、そちらは……」
「僕の連れだよ」
ひょっこりと近づいてきた兵士の一人がおそるおそる聞いてくる様子に、俺は体を固く強張らせた。
「でも、そういう報告は……」
「道で拾ったんだ。
具合が悪いらしくてね、医務室をお借り出来るかい?」
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