1# よくある導入劇

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「え、でも……」 「君は、人の命と君への命令とどちらが正しいと思うの」  驚くほどに静かな声だった。  強い強制力が働いているのだと、感じる。  魔法的なのに、魔法でなく、別の力に縛られる。  そして、兵士もそれは同じだったらしく、緊張が伝わってくる。  緊張を破ったのは、緩い王子の微笑みだった。 「いえ、僕は別にかまわないんだけどね。  このご婦人がもし、今医者に見てもらえなかったせいで死んでしまった場合、どうなるでしょうね。  僕は別に恨みませんが、このご婦人はどうでしょうね。  人の思いというものは、時々びっくりするようなことが起きますから。  たとえば、ミレイユ公の屋敷――」 「わ、わかりましたっ医務室はそこの角を曲がってすぐですから、急いでください!」  悲鳴のように叫んで、兵士は行ってしまった。  王子は俺を抱えたまま、静かに歩き出す。 「誰が、ご婦人だって?」  気配がなにもなくなってから、低く唸る。  城の内部は平和そのもので、混乱もなにも起きていないように思える。  噂のような嫌な感じは受けないし、鳥のさえずり、木の葉のさざめき、午後の穏やかな空気に包まれている。 「とりあえず、医務室に知人がいるんで、先に行きましょうか~」 「とりあえず、こんな元気なご婦人はいねぇと……なんだって?」  今、医務室に知人がいるとか言いやがらなかったか。  この王子は。  さっきから変だとは思っていたが、もしかして、こいつの知り合いの城なのか。  面が割れていて、どうしてすんなり入れるんだ。  疑問が一気に押し寄せて、本当に気分が悪くなってくる前にひとつだけ恐る恐る口にする。 「あんた、ここにきたことあんのか?」  返って来たのは、やはりのんびりとした笑い声だった。 「ないですけど~でもどこも結構似たような造りですし。  第一、こんな小さな家で迷いませんよ」  城でなく、家。  このレベルで家なのかよと、こっそり歎息した。  あーもう早くこの仕事終らせたい。
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