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「え、でも……」
「君は、人の命と君への命令とどちらが正しいと思うの」
驚くほどに静かな声だった。
強い強制力が働いているのだと、感じる。
魔法的なのに、魔法でなく、別の力に縛られる。
そして、兵士もそれは同じだったらしく、緊張が伝わってくる。
緊張を破ったのは、緩い王子の微笑みだった。
「いえ、僕は別にかまわないんだけどね。
このご婦人がもし、今医者に見てもらえなかったせいで死んでしまった場合、どうなるでしょうね。
僕は別に恨みませんが、このご婦人はどうでしょうね。
人の思いというものは、時々びっくりするようなことが起きますから。
たとえば、ミレイユ公の屋敷――」
「わ、わかりましたっ医務室はそこの角を曲がってすぐですから、急いでください!」
悲鳴のように叫んで、兵士は行ってしまった。
王子は俺を抱えたまま、静かに歩き出す。
「誰が、ご婦人だって?」
気配がなにもなくなってから、低く唸る。
城の内部は平和そのもので、混乱もなにも起きていないように思える。
噂のような嫌な感じは受けないし、鳥のさえずり、木の葉のさざめき、午後の穏やかな空気に包まれている。
「とりあえず、医務室に知人がいるんで、先に行きましょうか~」
「とりあえず、こんな元気なご婦人はいねぇと……なんだって?」
今、医務室に知人がいるとか言いやがらなかったか。
この王子は。
さっきから変だとは思っていたが、もしかして、こいつの知り合いの城なのか。
面が割れていて、どうしてすんなり入れるんだ。
疑問が一気に押し寄せて、本当に気分が悪くなってくる前にひとつだけ恐る恐る口にする。
「あんた、ここにきたことあんのか?」
返って来たのは、やはりのんびりとした笑い声だった。
「ないですけど~でもどこも結構似たような造りですし。
第一、こんな小さな家で迷いませんよ」
城でなく、家。
このレベルで家なのかよと、こっそり歎息した。
あーもう早くこの仕事終らせたい。
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