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名乗りは儀式のような物。
名前があって、名前を呼ぶことで、初めてそこに在るということになる。
名前に聞き覚えがあって、俺は仰け反った椅子から落ちそうになった。
ディルファウスト・クラスターなんて、そうそう多い名前じゃないし。
そう頻繁に聞く名前でもない。
第一、こんな小さな町なんかで聞く名前じゃない。
「あんた……」
「名乗りましたから、聞いてくれますよね?」
勝手に話し出す姿を呆然と聞き流しながら、思い出したのは。
一枚の紙切れ。
高額の賞金首は一般に出回らない。
というのも、そういう物はすべてある団体が引き取ってしまうからだ。
裏の世界では暗黙の了解となっているそれを、俺は属さずして知れる時があった。
その一枚に彼の似顔絵があった。
「あの~聞いてますか?」
「聞いてる聞いてる、続けてくれ」
高額の割に誰もが手を出すのを躊躇する男が、こいつだ。
西の大国クラスターの第一王位継承権を持つ王子。
噂に踊らされるのが人の常とはいえ、実際にそのとおりであることは少ない。
(まさかな)
心の中で疑惑を打ち消して、俺はドアの方をちらりと見る。
そこで丁度、新たな料理が鼻に良い香りを運んでくる。
俺の前には肉料理で、王子の前には暖かなカップ一つ。
「ホントに聞いてますか?」
「聞いてる聞いてるって」
何はともあれと嬉々として野兎の土鍋蒸しを口に入れる。
「要約するとだな、幽霊城に婚約者のお姫さんがとっつかまってるから助けろってことだろ。
本当の話か、それ?」
左手の肉用ナイフを振りながら疑惑の目で聞き返すと、王子はカップを持って真剣に頷き返してくる。
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