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「エル、どうしたの?」
エルはいつの間にかうつむいてしまっていて、そこから表情は読みとりづらい。
静まり返った浜辺に、波の音だけが響いている………。
「きれいやね、月。」
ふと空を見上げて、エルは言った。つられてその視線の後を追う。
「あ……ホントだ…。」
空にはおぼろげに、でも燦然と、月が光を放っている。
「天上で見てた月もこんなやった。パァッて輝いとって……ホンマにきれいやった。」
「天上が崩壊しても、変わらないものはあるんだね。僕はあまり思い出せないけど……。 エルは覚えてるんだ?」
「覚えとーで。はっきりと。天上が崩壊してヴリトラは独りぼっちになってもうたって、前に話したやろ?強靱な体が仇になって簡単には死ねず、孤独に苦しんだ、って。そんな状況の中な、今までの思い出と、月だけが慰めになったんや。」
「月……も?」
「せや。月を見てるとなんかこう……安心すんねん。天上がほとんど消えてもうても、かつて見てたあの月はずっと空に在る。……でも同時にさびしくもなってな、特に夜の月は昼のソレとは別物やったで。」
エルマーナは僕に対して話しているって言うより、どこか独り言に近いかんじで、続けた。
風が冷たい……。
「でもな、あの日の夜だけはちごうてん。魂の波動……ちゅうんかな?アスラのソレを命が尽きそうな寸前に感じ取って、地上に転生したことを悟ったんや。あの時のうれしさと安心感は尋常やなかったで……。そんでウチは安心して死んでいった………。」
「エル……。」
僕は聞き逃さなかった。エルが最後に自分のことを『ヴリトラ』じゃなく、『ウチ』と言ったのを。……彼女の膝にになにか水滴の様なものが落ちる音も。
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