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再び兵に急かされ、「はいはい」と秀吉は歩みを早めようとした時。
前方で兵達の騒がしい声が聞こえてきた。
それが一人の人物を取り囲んでいるのに気付き、「何事じゃ!!」と秀吉は駆け寄った。
兵達は秀吉の為に道を開けるも、取り囲んでいる人物を逃がさぬよう武器は向けたままだ。
「羽柴秀吉殿とお見受けする」
秀吉が問題の人物の姿が見えた位置に来た途端、言葉を投げられた。
秀吉は微かに眉を潜め、人物を見遣る。
頭には烏帽子(エボシ)を被り、黒い衣を身に纏っているものの、首には『呪具』は付けられていない。
この人物が[黒衣の妖]と名乗って、信長に謁見を望んでいる奴だと容易に知れた。
「いかにも。おぬし、何故此処まで参った。此処はもう天守閣の目の前。門で待たれなかったのか」
信長の重鎮のみしか入る事が出来ない天守閣。
それをあろうことかどこの誰かも分からない、ましてや領主殺害の犯人かもしれない人物を、ここまで来させるのは異例だった。
秀吉は兵たちを睨む。
「お前達も何をしていた。信長様の目と鼻の先ではないか」
兵達は何も言い返す事が出来ず押し黙る。
秀吉が不信に思い、更に言葉を繋ごうとした時。
「羽柴殿」
一つの声が、割って入る。
秀吉が視線をやると、例の人物が自分を見つめていた。
そこでようやく、その人物の目がそれぞれ違う色だと気付く。
――片目が、青だと?
ぞくり、と身を震わせた。
妖という言葉が頭をよぎっていく。
「私は源実政(ミナモトノミノマサ)と申す」
実政と名乗った人物は、秀吉の質問に答えようとはせず、うっすらと笑みを浮かべ秀吉を見つめ続ける。
「織田信長殿に目通り願いたい」
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