到着

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<1> 私は、懐かしさを感じていた。 しかし、その懐かしさが何処から来ているのか。 今の私に、その判断はつかない。 ただ、列車から見える窓外の景色が、私にその感情を与えているのだとも思える。 JR加賀温泉駅のプラットホームに、私を乗せた特急サンダーバードが滑り込んだ。 窓から見える、その寂れた駅舎の風景に、見覚えは無い。 だが、やはりそれが、私に『懐かしさ』を与える。 唐突に。 胸の奥に微かな痛みが訪れる。 つきん。 私は、自分の胸を左手で押さえる。 これは、胸の奥に去来する痛みに対しての、儀式の様な物だ。その微かな痛みと共に蘇る小さな記憶の断片を、何とかしてこの手に掴まえたい。 そうやって左手を伸ばすのだけれど。 痛みはすぐに消え、私の左手を擦り抜けて行く。 電車を降り、私はプラットホームのコンクリートを両足で踏み締めた。 深く息を吸い込み、軽く背伸びをする。 長い列車の旅を終えた疲れが、少しだけ抜けた気がする。 クリーム色の特急電車は、その役目を終えて静かにホームを離れていく。 それと同じ様に、私と共に降りた旅行客の一団が改札に続く地下道へと吸い込まれていく。 そんな彼等の背中と、みるみる小さくなる列車の最後尾を見送りながら、私は周りの風景に目をやる。 駅舎の逆側は、なだらかな高台になっていた。 緑に囲まれた山肌に、分譲中の住宅地の看板が見える。 そこからやや右手の方角には、金色の大きな観音像が聳え立っていた。 つきん。 まただ。 私はまた、左手で胸を押さえる。 しかし、やはりその手が何かを掴む事はない。 恐らく、自分が最後の乗客かと思っていた。 だが、列車二輛分程離れた場所に、煙草を吸いながら電話を掛けている男がいる。 恐らく、喫煙可能な車輛に乗っていたのだろう。 ……携帯電話か。 最近、それを持つ人々の光景を、良く見掛ける様になった。だが、まだまだ一般的ではない。私は未だにポケベルを愛用している。 平成八年八月一日の日差しが、じりじりと私の肌を焼く。 私は、それから逃げる様に歩き出した。
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