到着

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駅の地下道。 同じ列車を降りた旅行者の一団と少し距離を置いて、私は一人でそこを歩く。 プラットホームから見た風景。 地下道のコンクリートの壁。 切れかかり、明滅を繰り返す蛍光灯……。 目にする全ての光景に、私は根拠の無い懐かしさを感じる。 自動改札等ある筈も無く、決められた動作で切符を受けとる、やる気の無さそうな駅員に乗車券を渡す。 JR加賀温泉駅の改札を抜け、私は再び、大きくひとつ深呼吸をした。 地元の名産物を売るワゴンと、簡素な造りの待合室。 小さな売店と、それよりもさらに小さな、みどりの窓口。 『懐かしさ』。 それは、過ぎ去りし日の想い出を、思い返して得る感情。 だが。 私は本当に、これらの風景を見た事があるのだろうか。 『懐かしがっている』だけ、なのでは無いだろうか──。 つきんっ。 ──いや。 やはり、埋もれた記憶は、確かに存在するのだろう。 この胸の痛みだけが、それを肯定してくれるに過ぎないのではあるが。 やがて痛みは過ぎ去り、私は目の前の風景に目を戻す。 二十歩程も歩けば、駅舎の外へと出てしまうだろう。 その空間に、『小さな駅』という印象を感じる。 私の脳裏にある、『駅』のイメージ。 それは、東京都内の雑多な物でしか無い。 しかしそのイメージは、頭に思い浮かべるだけでその情景が浮かぶ、確かな『記憶』である。 私の胸に痛みを伴う『懐かしさ』は、今の段階ではやはり、『記憶』とは呼べないのかも知れない。 予想通りの歩幅で、私は駅舎の外へと歩み出た。 また、私は周りを見渡す。 駅前の小さなたこ焼き屋の店先には、地元の高校生らしき学生の一団がたむろしている。 タクシー乗り場には、客を待つ運転手達が、暇を持て余して煙草を吹かしている。 何処かで、見た事がある。 私の脳裏に、そんな感覚がまた浮かぶ。 だがそれは、明確な答えを出さずして、また去って行く……。 私には、今日迄の二年間、それ以前の 『記憶』が無い。 その事実が、私をこの地に呼び寄せたのだ。 ここに来れば、失われた過去を取り戻す事が出来る。 そんな確信めいた気持ちを持って、私はここにやって来たのだ。
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