3671人が本棚に入れています
本棚に追加
駅の地下道。
同じ列車を降りた旅行者の一団と少し距離を置いて、私は一人でそこを歩く。
プラットホームから見た風景。
地下道のコンクリートの壁。
切れかかり、明滅を繰り返す蛍光灯……。
目にする全ての光景に、私は根拠の無い懐かしさを感じる。
自動改札等ある筈も無く、決められた動作で切符を受けとる、やる気の無さそうな駅員に乗車券を渡す。
JR加賀温泉駅の改札を抜け、私は再び、大きくひとつ深呼吸をした。
地元の名産物を売るワゴンと、簡素な造りの待合室。
小さな売店と、それよりもさらに小さな、みどりの窓口。
『懐かしさ』。
それは、過ぎ去りし日の想い出を、思い返して得る感情。
だが。
私は本当に、これらの風景を見た事があるのだろうか。
『懐かしがっている』だけ、なのでは無いだろうか──。
つきんっ。
──いや。
やはり、埋もれた記憶は、確かに存在するのだろう。
この胸の痛みだけが、それを肯定してくれるに過ぎないのではあるが。
やがて痛みは過ぎ去り、私は目の前の風景に目を戻す。
二十歩程も歩けば、駅舎の外へと出てしまうだろう。
その空間に、『小さな駅』という印象を感じる。
私の脳裏にある、『駅』のイメージ。
それは、東京都内の雑多な物でしか無い。
しかしそのイメージは、頭に思い浮かべるだけでその情景が浮かぶ、確かな『記憶』である。
私の胸に痛みを伴う『懐かしさ』は、今の段階ではやはり、『記憶』とは呼べないのかも知れない。
予想通りの歩幅で、私は駅舎の外へと歩み出た。
また、私は周りを見渡す。
駅前の小さなたこ焼き屋の店先には、地元の高校生らしき学生の一団がたむろしている。
タクシー乗り場には、客を待つ運転手達が、暇を持て余して煙草を吹かしている。
何処かで、見た事がある。
私の脳裏に、そんな感覚がまた浮かぶ。
だがそれは、明確な答えを出さずして、また去って行く……。
私には、今日迄の二年間、それ以前の
『記憶』が無い。
その事実が、私をこの地に呼び寄せたのだ。
ここに来れば、失われた過去を取り戻す事が出来る。
そんな確信めいた気持ちを持って、私はここにやって来たのだ。
最初のコメントを投稿しよう!