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「今日で夏休みは終わりかぁ……何だかあっという間だったよね」
蝉の鳴き声はもう全く聞こえない。流石夏の風物詩と言ったところか。
ゆっくりと近づく秋を投影しているのか夕焼けの優しい輝きがスッと身体に染み渡る。
赤トンボが私達の周りを大気に揺られ、せわしなく羽根を動かし飛び回る。
「…………」
彼はニコリと私に同意するかのように微笑みの表情を見せた。
この頃彼は口数が異常に減った。ここ数日声も聞いていない。
心なしか顔も青白い。
まるで…………。
……でも彼の笑顔が見られれば私は……それでよかった。心は満たされている。
でも何かが違う。
そう思うと同時に、不意に違和感が胸を詰まらせる。
甘い絶望。
微かな苦しみ。
歪む景色。
だけど不思議と痛みはない。
ただただ不安……不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安不安。
自分の知らないところで世界は動いているという不気味で奇妙な不安。
顔が醜く歪む。冷や汗が止まらない。理由もなく涙が溢れ出す。
孤独。孤独。孤独。孤独。
「うぅ……」
立っているのも辛くなってきた私は彼に寄り添ろうと……少しでもこの不安を取り除こうと身体を倒した。
「えっ?」
気付いた時には、彼はもういなくなっていた。
突然の出来事に困惑した私は何も縋る物がなくそのまま地面へと倒れ込む。
否、地面なんてなかった。
眼前には果てのない闇が私を待っていたのだった。
――――――
数瞬後。私は現実に引き戻された。
見慣れない真っ白な天井。心地良いベットの感触。驚きあわてふためく看護師。窓の外から拭くそよ風が髪をふわりふわり撫でる。
――――涼しい風だった。
――――――――
目まぐるしく動き始めた日常。
私は夢を見ていた。
ずっと。
ずっと。
ずっと。
一ヶ月間。
…………。
ふとカレンダーに視線が移る。
十月一日。
「夢なんて覚まさなければよかったのに……」
私はぽつりと呟いた。
窓から射す、淡いオレンジ色の夕焼けが身体に染み渡る。
私の脚の上にポツンと置かれた写真が微かに揺れた。
END――
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