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土気色の骨張った手の主は、ぼろぼろに破れた服を身につけた男だ。
ぼさぼさの髪にこれ以上ないほど痩せこけた頬。
眼があるはずの場所には暗い闇――眼球のない眼窩がぽっかりと開いている。
男――いや、かつて男だったそのモノは止められた腕に力を込めた。
たった一枚の薄い紙片にもかかわらず、いくら力を加えてもびくともしない。
「烈!」
十夜の声と同時に、呪符を包む淡い光は閃光へ変じる。
「ぐあぁぁ!」
獣の咆哮にも似た悲鳴を上げ、“それ”は後退した。呪符から放たれた光は無数の棘へと変じたのだ。
焦げたような穴がいくつも穿たれた右腕から、煙と異臭がくすぶっている。
右腕を押さえながらも、“それ”は眼のないくぼみで十夜を睨み、喉の奥から低い唸り声を上げた。
「屍鬼……か」
鬼――闇に侵された人ならぬモノの総称。
生を失いながらもその魂は、死せる肉体に繋ぎとめられている。
それが『屍鬼』だ。
繋ぎとめるものは、魂が持つ未練や怨念か。
または呪術などの外的要因か――。
どちらにせよ、それが消えない限り屍鬼は現世に在り続ける。
たとえ自然の摂理に従い身体が朽ちていこうとも。
「……を……せ……」
屍鬼の上げる唸り声の中に、言葉の断片が浮かび上がる。
「く、れ……血、を……よこせぇぇ!!」
かっと開かれた口に、牙のごとく伸びた犬歯が光る。
両腕を覆いかぶせ身体ごと襲い来る屍鬼を、十夜は左足を引くようにしてかわす。
同時に左手で印を結び、右手で取り出した呪符を振り下ろした。
「烙塵!」
襲い掛かった勢いのままに十夜の前をすり抜けんとしている屍鬼の背で、十夜の放った呪符が灼光する。
一瞬の赤い光は焔と化し屍鬼の全身を包んだ。
逃げる間もなく、逃れる術もない。
焔の牢獄に囚われた屍鬼は、ほんの僅か苦悶の声を上げることしか許されず。
焔が旋風を巻いて消えた時。
黒い灰がかすかに舞い落ちるばかりだった。
地に落ちることもなく風にさらわれた灰に、十夜はほんの一瞬視線を送る。
夜闇色の瞳に映し出されるのは悲嘆か憐憫か――。
神社の境内に向けて歩き出した十夜からは、その欠片も消え失せていた。
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