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第六話
待合室で
爺さんの過去を
女房と二人で
じわ~と
味わっているうちに
おばさんも
お袋も無事に到着した
危険な状態は
抜けたから
大丈夫だよと
余計な話はしないで
伝えた
看護婦さんが来て
もう大丈夫ですよの声に
おばさんとお袋が
病室に入っていく
しばらくして
間を置いてから
女房と
病室に入る
お袋が
爺さんの手を握って
良かった良かったと
涙ぐんでいた
おばさんの表情は
何とも言えなかったが
それじゃ~
俺達は帰るわ
そう伝えると
爺さんが
トシ~と
呼んだ
ありがとうな~
ありがとうな~
俺が
爺さんの口から
初めて聞く
温かい温もりのある
言葉だった
俺達の後について
お袋が
後を追って来た
ありがとう
ございました~
お袋が他人行儀に
深々と
俺達に
頭を下げた
それじゃ~お袋
俺達は帰るから
また顔出すよ
と言い終らないうちに
おばさんが
目頭を押さえながら
やってきた
お爺さんがお爺さんが
えっ
また具合が
悪くなった~?
お袋が慌てる
違う違うの~
お爺さんが
嫁に来てね~
初めて
今まで悪かったな~
いろいろ
世話をかけて
ありがとな~って
言ってくれたんだよ~
おばさんが泣いていた
それから
一週間の間
いろんな人達が
見舞に来てくれるたびに
爺さんはありがとうを
繰り返し
どうしたんだ~
どうしたんだ~と
みんな首をひねっていた
93年間も生きて
戦争や生死をさ迷い
孤独な戦いが
続いていた爺さんに
たった一週間だったけど
人生の春が
ようやく
巡って来たんだと思った
完
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