494人が本棚に入れています
本棚に追加
『おい。着いたぞ』
「ほお………」
美容室の前まで来ると飯坂は感嘆の声を上げた。
その姿はまるで田舎もん。
ビン底眼鏡の奥で目をパチパチさせている。
『何してんだ。早くしろ』
「はははは、はい!」
俺はそんな彼を置いてさっさと入っていった。
事前に予約済みだった俺たちはさほど待つ事も無く通される。
「わ…なんだかとっても羞恥プレイですね」
『今度は何だ?』
「だって皆さん丸見えじゃないですか」
どうやら美容室がガラス張りの事を言っているようだ。
確かに一階の道路側は前面ガラス張りになっている。
『ばーか。さっさと来い』
このガキは余計な事を良く知っているのだ。
しかし使い道はほとんど間違えている。
ガリ勉野郎だと思っていたのだが、中身はまるっきり馬鹿でアホの子だったのだ。
だからいつも俺が突っ込まざるを得ない。
最近はそれすらメンドーで無視していた。
「…やぁ、梧桐君」
『あ、どうも』
すると顔なじみのデザイナーがやってきた。
スタイリッシュな服に無造作ヘアーが際立つ。
いつも俺のカットを頼んでいる美容師だ。
髪をやってもらう様になってからは結構長い。
そんな信頼の元、今日も同じ人を指名したのだ。
「その子が予約の時に言ってた子?」
『そうです。今日はお願いします』
あとで面倒な事になるのが嫌で事前に話をつけていた。
それに驚いたのか飯坂は黙って俺達の話を聞いている。
「どうも担当をさせて頂きます。笹島です」
「あ…ども…」
「じゃあ早速そこに座って。あ、最初だけ梧桐君が居た方がいいかな?」
飯坂はオドオドしながら鏡の前に座った。
俺はその後ろに立っている。
『いえ、あとは……』
素人の自分がそこに居ても邪魔だと分かっていたから待合のイスまで戻ろうと後ろに下がった。
すると飯坂がしっかりと俺の服の裾を掴んでいる。
『…なんだよ』
「…………」
『あとは笹島さんに任せれば大丈夫だから』
「……………」
飯坂は鏡越しに泣きそうな顔で俺を見ていた。
どうやら不安でたまらないのだろう。
何も言わず首を振っている。
「はははっ!」
するとそのやりとりをみていた笹島さんが笑い出した。
最初のコメントを投稿しよう!