星になるには

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「わたしね、星になりたいの」 そう言って彼女は無邪気に微笑んだ。ぼくは何も言わなかった。そんな二人の間を風がひゅうと通り抜けていく。ぼくらが居る屋上に、沈みかけの太陽が最後の光を投げかけた。 「星になって、この世界を見守りたいの」 昼間の青色の代わりに、夜の闇が少しずつ空を覆っていく。一番星が小さく輝き始めた。星を眺めながら、夢見るように彼女は言う。ぼくはまた何も言わずに、彼女の流れる髪を気にしていた。黒い川のように風に靡くその髪は、何とも言えずきれいだった。 今ぼくはフェンスの内側、彼女はフェンスの外側に立っている。彼女はどうやらここから飛び降りるようだった。星になりたいから、という簡単な理由でだ。ぼくはとりあえずここまで来たけれど、いざ彼女を見ると何も言えなくてただ立ち尽くすだけだった。きっと漫画や小説なら、ぼくは必死に彼女に呼びかけて抱きしめて止めるのだろう。ぼくはそんなことは、できない。だからその代りに、ぼくは一言だけ彼女に言った。 「……きみは、星にはなれない」 「どうして?」 怪訝そうな顔で彼女はぼくを見る。おそらく、ぼくがそんなことを言うとは思いもよらなかったのだろう。ぼくは簡潔に彼女の問いに答えた。 「きみには、足りないものがあるんだ」 「……何が?何が足りないの?お願い、教えてよ」 泣きそうになりながらぼくに問うけれど、ぼくはそれに対して黙って首を振った。すると彼女は一滴だけ涙をこぼして、ぼくにふわりと笑いかけた。 「……教えてくれないんだね。じゃあ、いいや。さよなら」 まるで「また明日」とでも続けそうな言い方だったけれど、その言葉は永遠の別れに他ならなかった。そしてぼくの返事を聞かず、言ってすぐに彼女は飛んだ。一瞬帰ろうかと思ったけれど、はっと気がついて慌ててフェンスに駆け寄る。下を覗くと、彼女はすでに血と肉の塊に変貌していた。ぼくは彼女に聞こえるように、呟いた。そう、きみはまだ、 星になるにはまだ、世界を見下す憎しみが足らない (星はぼくらを見守ってるんじゃない。星はぼくらを見下している) (了)
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