-情趣-

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 紀の家に明かりは灯っていなかった。考え過ぎかと思い、引き返そうとしたが庭にいる人影が視界に入る。  月明かりの下、縁側でぼんやりと座る紀がいた。他に家族がいる気配が全くなく、紀は1人だった。  その姿は怖いくらいに果敢無げで消えそうだった。視線もどこに向けているのか定かでない。庭の花を見詰めているように見えるが、ちゃんと色を映しているか怪しい。紀の存在自体、幽霊の様に見えた。  ぞくぞくと悪寒がした。このままではあのキラキラは消える予感がした。  紀が俺に気付くと少し色が宿る。泣いた後もない目は逆に見るのが辛い。  ぐっと泣くのを我慢する眉間の皺が気になりそこに触れると紀の身体が震えた。  どれくらい外にいたか分からない。長野の夏の夜は昼と違い風が冷たい。  気を遣われる事を嫌い声を荒げる。「平気だ」と零した唇が震えていたのを見逃さない。  俺の気持ちをそのまま言葉にした。友人として紀と花火をしたいと伝える。  遊びに誘う理由なんて殆ど無い。紀と花火をしたいだけだ。  紀は膝を抱いて泣いた。母親を亡くした時もこうして泣いたのだろうか。涙を隠すように泣く小さな頃の紀を想像してみるができなくて想像図は霧散する。  時々、喉を詰まらせて鼻を啜る。手持ち花火に火を点けた。光のシャワー音で涙声を掻き消した。その方が気にしないで泣けると思ったからだ。  高校生になって男が泣く姿を見たのは初めてだった。人を想って泣く姿はとても哀婉に思えた。    落ち着くと紀の目の色は輝きを戻していた。  線香花火しか残っていなかったが、紀はやっとやる気になって手に持つ。  瞳には線香花火の火花を綺麗に映していた。紀ならこの火花を何に例えるか考えてみる。  例えば、庭に咲くあの花。色は暗くて分からないが、小さな5弁花が傘状の花序を作って輪の様に咲いている。  名は知らないが密集して咲いてる花は線香花火の火花と似ていた。  紀は照れ臭そうに、小さく俺にお礼を言った。  別に特別な事はしていないが少しでも紀の気持ちが晴れたなら、嬉しい。  線香花火の火玉がぽたりと落ちる。俺の心にも熱い何かが落ちた。  芽が出ていた事に気付かなかった。きっと俺が紀を『友達』のカテゴリーに括っていたから気付かなかった。  紀自身もこの時はまだそういう対象として見てはいなかっただろう。
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