-情趣-

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 夏休み明けも変わらず図書室で紀と過ごしていた。  いつも図書室に来ていると図書委員の宮沢朱美(みやざわ あけみ)とは顔を合わせば挨拶くらいはするようになった。  カウンターで彼女が貸出の処理をしてくれたある日、本の標題を見て彼女はニヤリと笑った。そんな表情を浮かべるのが珍しい。 「…あ、ごめん。笑ったりして…やっぱりね」 「やっぱり?」 「これだけ棚に面にして置いてあったでしょう?」  確かに本屋でも無いのにわざわざ表面を見せて棚に置いてあった。元に戻そうかと迷って手に取り、あらすじを読んでみると面白そうな内容に借りてみることにした。 「よく私の読む本が被ってるから、これも好きかなって思って釣ってみたの。私の予想通り~」  桜の木の下に永年座り続ける青年は帰る場所の記憶が無い。ただずっと桜の傍を離れられずにいる。春は楽しみでいて悲しい季節。  青年の結末はどうなるのか気になった。 「…確かに…面白そうです…」 「返却日は一週間後ね。あ、ねぇ。いつも隣で寝てる彼は本読まないの?」  紀の事を言われる。図書館は本を読んだり勉学のための場所だろう。  紀はただ寝るためだけに来ている。邪魔に思われ追い出して欲しいと言われるのではと思った。追い出してしまったら紀の安らぎの場所がなくなってしまう。 「なんか起こすの可哀相なくらい幸せそうに寝てるよね~。分かるなぁ~本は読めるけどここで勉強とかできないもん。眠気に襲われるから」 「邪魔…じゃないですか?」 「ううん。ここが快適って事でしょう?あ、でも図書委員長としては貸出率を上げたいけど…」 「…あいつは絵本と漫画なら読みます」 「うちの蔵本って文学が多いからねぇ…絵本はともかく漫画かぁ…検討してみよ」 「…ぜひ」  その日から少しずつ会話が増えた。互いにお勧めの本を教え合ったりする。  彼女は一見物静かな雰囲気をしているが喋ってみると明朗な人だった。どこか紀を思わせた。  媚びる事はしない賢明な性格に惹かれていく。恋愛なんて何処からが恋愛かなんて正直まだ解らなかった。それでも彼女に対して暖かい気持ちにはなる。  それが恋に繋がると思っていた。  まだ朱美先輩と曖昧な関係の頃、紀にちょっとした違和感を覚えたが、相変わらず図書室で眠る紀を見れば気にも止めなかった。
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