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猫はおもむろに顔を上げ細目で彼を見た。やっと邪魔だと猫も気付いたのかと思ったが、猫は威嚇するでもなく退く気配もない。堂々たる態度は貫禄があり、この周辺のボス猫かもしれない。
彼のぽかんと薄く開いた唇が「い」の形を作り、『にゃぁ』と鳴いた。その鳴き声は本物の猫と酷似していた。
白猫はお返しに『に゛ゃ~』と濁声で鳴くと彼も再び綺麗な声で鳴く。
まるで会話しているようだった。いや、本当に会話をしているのかもしれない。
彼は全ての猫語を理解し駆使しているのでは?
彼の正体は「猫」で、人間達を侵略するための工作員かもしれない。
今は、ボス猫に今日の出来事を報告して次の命令を受けている。人間と猫の紛争が始まる!
…そんな「~かもしれない」と馬鹿げた想像に自嘲した。リアルな世界でそんな事件は起きない。空想の世界だから面白いのだ。
だが、この目の前にある光景は手を伸ばせば触れる事ができる現実の世界。
彼の瞳にはどんな色を映し、何を思って猫と対峙しているのか。
目の前の景色が変化した。白猫は起き上がりベンチから降りると彼の脚に頭を擦り付け、一声鳴くと茂みへと歩く。
彼は去り行く後ろ姿に今度は人の言葉で「ばいばい」と呟くと白猫は尻尾で返事をして茂みの奥へと消えた。
彼は淋しそうに見送り、空を見上げ息を吐いた。そのまま流れる雲を追い掛けるように歩き出した。また別の物を映している。
雲を見ていると何か思い付いたようにして公園から去ってしまった。
彼が何を考え行動しているのか想像してみたが見当もつかない。
先程彼が見ていた空を見上げる。白い雲が風に流され徐々に形を変えていく。見ようによっては『イルカ』に見えたが、彼も『イルカ』に見えただろうか。
他人の思考、行動を深く気にしたのは初めてだった。
近付きたいと小さな願望が芽を出した。
と言っても直ぐに友人になる事はなく、教室での彼に話し掛けるのは容易ではない。彼も俺に話し掛ける事もなく、彼の周りには常に人がいて笑いが絶えない忙しい人だ。
彼の姉が丁度卒業して先輩の内では既に彼は有名らしい。人見知りせず明るい性格は先輩にも可愛がられ人気だった。学校では一人になる隙すらない。
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