-情趣-

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 教室の後ろに自己紹介カードが張り出されていた。  名前は『島野 紀(かなめ)』。誕生日が『3月10日』、俺と1ヶ月違い…というか11ヶ月違い。  趣味、『甘い物』。これは甘い物を食べるのが趣味というのが正解。  人に囲まれている彼はよく喋り笑う。  1人でいる彼は儚げで幻想的でゆったりと時間が流れている。  その懸隔が不可思議に思った。どちらが本当の彼なのか。どちらも彼なのか。  朝、「おはよー」と紀が教室に入り挨拶すると入口付近で友人に囲まれ、隣の席に来るのは担任がきてからだ。  紀の目に俺を映すことがあるのだろうか。  機会は突如やってきた。  が、紀は寝ていた。図書室の棚の間で髪に埃が付こうが関係なく床に寝ていた。  読みたい本は紀の上を跨がないと取れない。  気持ち良さそうに寝ている所を起こすのは忍びなく、起こさないように手を伸ばした。  気をつけてもハプニングは起きるものは起きる。隣り合った本が島野の腹に落ちていく。  落ちた本を掴もうとしたが一冊、紀の腹に落ち「ぐえっ」と蛙が鳴いたような声を出し跳び起きた。  予想通りぷりぷりと怒り、素直に謝ると直ぐに許され笑顔が零れた。  大きな瞳に俺の顔を映した。  好奇心旺盛な目は手にしていた本に移ると奪い取り本をパラパラ捲る。文字の多さに嫌気が差したのか顰め、本を返される。  表情がころころ変わり面白い。  サボろうとした紀を引き止めた。授業に付いていけない、無理だと言う紀をなんとかしたかった。  もしかしたら接点が欲しかったのかもしれない。  どうにか授業に出ると言った紀の目は再びキラキラ輝かせて俺を見た。  その日をきっかけに紀は教室でも、昼休み図書室で一緒に過ごす時間が多くなった。  隣には常に彼がいた。朝、直ぐに俺の隣の席にやって来ては、昨夜のテレビが、映画がどうとか、たわいない会話が朝の日常となる。  紀と関わるようになって周囲の態度が一遍した。今まで俺に関わらなかった人達が話し掛けてくるようになる。  話してみると意外と…という人もいた。見た目だけで人を判断した自分が情けない。  紀に出会って人に対する見方が変わりリアルな世界にも面白さがあると知った。
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