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今まで激しい憤りを感じた事はなかった。ずっと自分自身は温厚な方だと思っていた。
内田と笹原は何も言えず戸惑っていた。騒ぎ立てる人間とは違う事に安堵し怒りが少し和らぐ。
紀の机に開かれたままの教科書とノート、シャープペンと消しゴムが転がっている。
腰を上げ、それらをペンケースにしまう。
ノートの隅の落書きに気付く。ねことねずみが描かれている。
猫と鼠は仲が悪いイメージしかない。昔見た猫と鼠の外国アニメだって喧嘩ばかりしている。でも紀なら喧嘩してても何か他の人と捉え方が違うのかもしれない。
喧嘩する程仲がいいんだよ。ねこが本気を出せば、ちっちゃいねずみは既に食べられてるよ。と笑って言うに違いない。
紀は変なあだ名や冗談を言っても人を傷付ける言葉は吐かない。
紀の描いたねことねずみは仲良く笑っている。
教科書、ノートを閉じて机の中から夏休みの課題プリントを探り鞄に詰める。
紀の机の周りだけ静かになっていったのは俺の憤怒に気付いたのだろう。
詰め終え、それを持ち教室から出ようとしたら誰かが声を掛ける。
「江上もどっか行くの~?」
これだから軽薄な人間は嫌いだ。紀は好きで教室を出たのではないと何故解らないのか。
「…だから、何?」
喧嘩を売るようなマネは初めてだった。睨み据えると何も言えなかったのか周りまで静まる。
教室を出て職員室に向かうと担任が慌てて出掛ける用意をしていた。担任も病院に向かうと見越して職員室に来た。
「江上!?今は授業中だろ?」
「…島野の鞄です。お忘れかと思ったので…」
「…忘れてた。助かった。ありがとう」
本当は俺が届けたい。でも俺が言える言葉はない。慰めの言葉なんて見付からない。
きっと今は紀も俺達に会いたくないだろう。
担任に鞄を渡した。手に掛かる重さは無くなった。
担任は息を吐き肩を叩いた。
「大丈夫…そんな顔すんな。ほら教室戻りなさい」
もう一度、行きなさいと促され職員室を出た。
顔を上げて窓ガラスに映る自分の表情は苦辛を浮かべていた。そんな自分に驚く。俺以上に悲しいのは紀だ。俺がこんな顔でいるのは可笑しい。
でも紀が悲しいと俺も悲しい。特別な友達、『親友』なら思っても不思議でもない。当然なことだ。
紀には笑顔の方が似合う。キラキラした瞳が陰るのが嫌だった。
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