海と言う名の音色

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海と言う名の音色

 “海”みたいに出来ないの?  あの時の私は子供過ぎて理解出来なかったけど、今なら素直に受け入れて頷ける。  確かにあの時の私は海どころか川でも水溜まりでも無く、ただの傍観者、いや、雨にも雲にもなり切れないさ迷い続ける水蒸気、だから振り向いて貰えなかったんだ。 「約束しよう。君が海になれたなら、僕はすぐに皆に自慢しながら君を独り占めにしてあげる。それまでは――」  それまで貴方は浜辺予定地で待ちわびる船大工なんだね。  だけど何故だろう。いつまで経っても弾けない、奏でられない。  どんなに練習しても河口が見えないの。  寝る間も食べる間も惜しんでいるのに全然見えない、今では川のせせらぎ音も聞こえない。  約束ってなんだっけ? 「貴方の音色は勘違いだらけなんだよ」  それは口から勝手に出た“弾けない”私から“唄える”少女への感想、気持ち、想い。 「もっと素直に、もっと自分を出して。何も恥じる事は無いよ、音色ってみんな違うから素敵なんじゃないかな? だから貴女のも貴女の音色で良いんだよ」  “アナタの音色で良いんだよ”  頬を伝うこの暖かさは何だろう? 適当に口走る言葉は止まらなくて、どんどん溢れてく。 「だから不安なんて思っている時間が勿体ないよ、その分練習を沢山して笑顔で舞台に立てば、全て上手く行くんだからね」  多分半分位しかその小さな頭では理解出来ていないかも知れないけれど、何も理解出来ていない大人よりは解っているだろう。  だって舞台に立った少女の瞳は、いつかの大人より輝いているんだもの。  伸びやかで美しく、軽やかで光り輝くその音色。そして誰をも惹き付けられる演奏を。  それが貴方が私に求めていた事だったんだね。  それが“海”だったんだね。  今の私は貴方との約束を果たせているだろうか?  今の私は世界中の海より人々を惹き寄せているかな?  今、この演奏が貴方に届いているでしょうか?  今の私はあの頃の少女のように、輝いていていますか?  そして私は今、沢山の光と沢山の拍手に囲まれて、光り輝く白と黒の浜辺へ手を滑らせた。
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