第一章 ロイヤルミルクティーとスコーン

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 ウェイトレスの後に続き、ヒカリは階段を上る。そして、二階のフロアの窓際の席に案内された。椅子に座り、バッグを膝の上に乗せると、ウェイトレスがテーブルの上に冊子を乗せた。 「こちらがメニューになります。お決まりになりましたらお呼びください」  ウェイトレスが小さくお辞儀をし、きびきびと踵を返し一階に降りていった。ぼんやりとメニューに視線を落とし、可愛らしいデザインのケーキがその表紙を飾っているのを見た途端、ヒカリは小さく吹き出していた。  何故だかおかしくて堪らなかった。愉快な罠にはまったような感覚だった。職場の空気が嫌で、逃げ出すように休みを取って、そしてずる休みをしたわけでもなく、正式に申請した有給にも関わらず、罪悪感に振り回されて街を彷徨って…………。Libraryの文字に釣られて迷い込んだのは、図書館ではなく、カフェだった。久方ぶりに、ヒカリは心の底から笑う事が出来た。そして、偶然に感謝した。  その日以来、ヒカリはこのカフェの住人となった。笑顔になれるこのカフェの住人に。現実では上手く振る舞う事が出来ない心を、このカフェに住まわせたのだった。
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