第一章 ロイヤルミルクティーとスコーン

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 たとえば誰かがどこかで人知れず涙を流していたとしても、私はその事に無頓着だろう。いくら己の身が置かれている現状が辛いからといって、他人に哀れんでもらおうなんて、単なる甘えにしかならない。六月下旬、梅雨の時期にしては猛暑並みの日差しの下、黒い日傘を差して道を歩きながらヒカリはそう思った。背中まで伸ばした長い黒髪を揺らし、ヒカリはなるべく、対向して歩いている通行人の姿を見ないよう、やや俯き加減に歩いていた。  ヒカリは、他人の視線が怖かった。誰かに見られていると感じるだけで、一瞬心臓が飛び跳ねる。――――お願い、誰も私を見ないで――――。自意識過剰、というより、それはトラウマだった。他人から見られ、嘲笑される事に対しての。ヒカリは白いパフスリーブのカットソーに、涼しげなシャンブレーのキャミワンピースを重ね着し、足元はウェッジソールサンダルと、そこそこ洒落た装いをしている。メイクも薄く、ナチュラル系の女子を好む男子からは、ちらちらと視線を寄越される程度には愛嬌のある顔立ちだ。それでもヒカリは己を見られることを厭う。何故なら、ヒカリは自分自身を可愛いなどとは微塵も思っていなかったからである。今日は頑張ってお洒落を試みたのだ。仕事休みの土曜日、大好きなカフェへ足を運ぶために。
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