第四章~君のいる日常~

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――暗い。 気が付けば、光のない空間にいた。 左右上下が分からない。 ここが2次元か、3次元かも分からない。 どうしてこんな場所にいるんだ…? 俺はたしか、さっきまでイリヤと一緒にいて……それから。 どうなったのだろう? 誰かに会った気がする…。 ……そうだ。女と小さな男の子に会ったんだ。 それから? …それからどうなった? 思い出そうと頭を捻っても、記憶は掌に掬った水が零れ落ちるように、次々と抜け落ちていく。 そして、落とした物がなんだったのかが…。 もう分からない。 大切な物だったのか、はたまた、どうでもいい物だったのかすら不鮮明。 『俺は……』 そもそも、誰だったか…? 衛宮 色。 それが俺の名前だったような気がするけど、どうにも現実味がない。 まるで、初めて会った人の名前を聞くみたいに余所余所しい。 その時、ズキリと胸が痛んだ。 訝しみ、痛みの元である胸に手を当てるが…。 ヌルッと…生暖かい物が手に付いた。 暗闇の中でも、それだけは色を放っている。 赤い朱い紅い……命。 『あぁ、そうだった…』 ここに来て、ようやく自分が何者で、何があって、こんな場所にいるのか、合点がいった。 死んだのだ。 ランサーの一刺が、俺の心臓を文句のつけようがないくらい的確に貫いたんだ。 ――ソノママ死ンデモイイノ? 深淵の中、誰かが囁く。 いい訳がない。 俺が死んだら、祖父さんと祖母さん、セイバーが悲しむだろうし、それに…。 頭に浮かんだのは、栗色の長髪を靡かせ、悲しみをたたえた瞳で、ただ真っ直ぐ前を見つめる大馬鹿だ。 俺はまだ、あいつに言わなきゃいけない事がある。 俺はまだ、あいつにマスターらしい事をしてやってない。 ――ナラ、アナタノ何カヲ頂戴。ソシタラ助ケテアゲル。 それは、悪魔の囁きであり、天使の悪戯でもあった。 だが、断る理由もない。 いいだろう。 何でも好きな物を持って行きやがれ…! ――フフフ…ウフフフ…!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!ナラ、オカエリナサイ…。 その声と共に、俺の意識は突如現れた光の渦へと吸い込まれて…。
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