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帰りの道すがら、イリヤは何も喋らない。
先ほどの笑顔も、今は忘れたか…その表情は険しく、何かを考えているようにも見えた。
とはいえ、俺も俺で今は他人を気遣ってやれる余裕はない。
痛覚の消失…。
歩いている感覚など、とうになく。
まるで他人の夢を覗いているかのように、それは現実味のない世界だった。
と、その時…。
「シキ」
小さな声で、隣を歩くイリヤが呼んだ。
返事は返さずに顔を向ける。
「今のシキは生きてるんだよね?」
「………あぁ」
返事に間があったのは、単に自分でもそれが分からなかったからだ。
たしかに、呼吸をして、今この場所に立っている、という意味では俺は生きてるだろう。
ただ生の実感がない。
自分という基盤が足元から崩れ去ったかのように、まるで現実味のない生。
そんな物は夢と何ら変わらない。
……俺は、本当に生きているんだろうか?
「なら、どうやって生き返ったの?」
「分からない。気付いたら生き返ってた、としか言えないさ…」
そんな俺の曖昧な言葉に、そう…とだけ応えたイリヤは、その場でクルリと回り…先ほど浮かべていた笑顔を見せてくれた。
それから一瞬遅れて、自宅へ帰り着いたことに気付く。
「寄っていくか?」
「ううん。今日はもう帰るわ。また明日ね、シキ♪」
「…ああ、気を付けて帰れよ」
「はぁーい♪」
笑顔のまま、イリヤは去っていき……やがて見えなくなった。
それを見届けた後…。
「生きてるんだよね?……か」
そう呟き、俺は扉を潜った。その瞬間…。
「マスターッ!!」
魔王の如き様相を浮かべたアーチャーが、如何にもご立腹な様子で、ドカドカと近付いてきた。
その様子にたじろぎ、思わず逃げようとするが…。
俺の背後には、哀しきかな…ガタガタと音を立てて逃走を阻む引き戸君が鎮座していた。
「ちょッ!ま…!アーチャー!!何を…!」
「何を…じゃないよ!私がいない間に他のマスターと接触した上に、戦闘までして………それに」
そこまで言うと、アーチャーは言葉を区切り…俯いた。
その肩は、目に見える程に震えていた…。
「アーチャー……?」
「約束してくれる?次からは外に出るときは、私を連れて行くって…」
なぜ、そこまで彼女が恐れるのか。
なにが、彼女をそこまで駆り立てるのか…。
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