16人が本棚に入れています
本棚に追加
母が書いたのは、フリフリのワンピースを着て、髪をふわふわとセミロングまで伸ばして、スポットライトを浴びながらマイクを持って、可愛らしく歌っている女の子だった。
まわりには音符まで飛んでいる。
「これ誰?」
「歌手よ」
「これあたしじゃないよ」「そうよ」
それから母はまた、さらさらと紙に机に向かい、大きな羽根ペンを持って何かを描いている、長い髪の女性を描いて
「これはね小説家」
「よくすらすら描けるね」「そりゃそうよ。お母さんは漫画家になりたかったもん」
母は絵も文章も得意だったのだ。それから歌も。
母は、こうやって描きなさいと『お手本』らしき2枚の絵を置いて、出ていってしまった。
私はなんとなくその絵が好きじゃなかったが、しかたなく母の描いた絵を描き写すことにして、なんとか描きあげ、母に見せると
「お母さんが描いた絵のままじゃない」と怒られた。「どうしたらいいの」
そうね…と考えた母の出した答えはこうだった。
「テレビ見ながら描いたら描けるかもよ」
そういうわけで私は、座敷のテレビを見ながら宿題をすることになった。
何度も何度も失敗しながら描いていたが、どうも気に入らない。
仕方がないので、他の番組を見ようとチャンネルを変えた。
画面では、体操の選手がまさに今、床運動をしようとしていた。
あまりの優雅さに、ついつい見入ってしまった。
何を思ったか私はそのまま、画用紙にその選手を一生懸命描いていた。
テレビの画面そのままのそれは、
バンザイの格好で両足を前後に開いて高くジャンプしているポーズだった。
もう私にとっては、テーマなんかどうでもよかった。とにかく絵を描いた、それだけの事実で満足だったのだ。
私は絵の具を準備すると、テレビの画面そのままの色を塗り、裏に名前を書いて絵は完成した。
翌日。
ひとりずつ先生に絵を見せて、説明しながら宿題を提出していた。
みんなパイロットや教師、政治家や看護婦など思い思いの絵を描いていた。
私の番がきた。
先生は
「ZIKちゃんは歌手か小説家になりたかったのよね?」
「うん」
「じゃあ絵を見せてください」
私は絵を見せた。
次の瞬間、先生の表情が
「?」という顔になった。夢は歌手か小説家。
しかし描かれていたのは、体操の選手…
最初のコメントを投稿しよう!