16人が本棚に入れています
本棚に追加
「ん?ん?ちょっと待って?ん?」
先生はうろたえていた。
当然である。
気を取り直した先生は、ゆっくり聞いた。
「なぜ、これを描いたの?」
「キレイだったから」
「そう…」
先生は少し悩んだ。
しかしまた私に聞いた。
「これ、ZIKちゃんなりたいの?」
「なれたらいいかも」
…ごまかしではない。何故かふとそう思って、素直に答えただけである。
それを聞いた先生はニコニコと笑い、
「そうねえ、ZIKちゃんは体が軟らかいし…体育のマット運動は上手だしねえ。体操の選手もいいかもねえ」
先生に誉められて、嬉しくてたまらなかった。
実はこの宿題には、ある『特典』があった。
みんなの将来の夢に先生があれこれとネーミングをくれる、というものだった。つまり、花屋になりたい子の絵には
『フラワー〇〇』(〇〇には生徒の名前)といった具合である。
果たして私の絵は、その意外な夢がウケたのか、先生に
「体操のZIKチロワ選手」とありがたいんだか、ありがたくないんだか、そんな名前を貰い、花びらつきの5重丸を貰い、『ステキな夢で賞』の赤いリボンをつけられ、みんなの絵と一緒に後ろの壁に貼られることとなった。
家に帰った私は、母に話した。
「ただいまお母さん。夢の絵でね、賞をもらったよ」母は喜んだ。
何せ絵のヘタな、下手にくそがつく程ヘタな娘である。その娘があれほど苦しんで描いた絵が、小さいながらも賞をもらったとなれば、嬉しいのは当然だ。
母は、
「今日は、あんたの好きなハンバーグにしようね」とハンバーグを作ってくれた。
そしてその夜は、ささやかに家族全員、お祝いムードな食卓になった。
…しかし、重大なミスがあった。
母も私も、この絵がどんな絵であるかという、肝心要の部分の話をしていなかったことである。
翌週には授業参観を控えていた。
しかも図工の授業だった。版画をやる予定だったのだが、図工だから夢の絵も当然ネタになるのだ。
母はニコニコしながら
「授業参観行くからね。あんたが描いた歌手か小説家の絵、楽しみにしとるよ」と、その日を心待ちにしていた。
そしてこの母の言葉を聞いた私は、この時初めて何かが違うことに気付き、子供ながらに少し不安を覚えたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!