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「ねぇ、まだ着かないの?」
ファリミトルがだるそうに訊くも、
「その科白、何度目だよ」
エマはぴしゃりと返す。
エマ達が進んでいるのは、城下町の往来。活気づいている町並みに、彼らは完全に溶け込んでいた。
「お、あれだ」
エマが指差す方向を見やれば、確かに丸い蓋が、マンホールがあった。
「あったあった。これ、避難用なのに、町人は見つけられるのかな?」
この面子の中で唯一敵から町人らを守った経験のあるエマは、ただそのことを危惧していた。
数が減らされてからというもの、新人兵士の逃亡はなくなったが、避難ルートであるマンホールがどこにあるのか、全ての町人が把握しているわけではない。それは、最悪の事態を招く要因にもなり得る。
(もっと、数を増やさなきゃ)
と常日頃思ってはいるが、いかんせん、その管理は『ガシャナク城』の重役が担っている。故に、いかに避難ルートが必要であっても、重役が決定を下さぬ限り、増えぬままなのだ。
「それじゃ、準備はいいね?」
主に心の準備のことを訊いたエマであったが、
「うん」
「いつでもいいよ」
「……うん」
気のない返事をした彼女を、
「じゃ、ファリミトル先生から」
先に行かせることに。
「ええ!私から!?だって、汚いし、汚れちゃうし、『先生』って言ったし!」
確かに、そのマンホールの蓋は汚かった。銅製らしいその蓋は、整備する者がいない為か、『なにかネバネバしたもの』が付着しており、それは不気味にも薄緑に光っていた。
「だからこそ、ですよ、先生。生徒を危険から守るのも、教師の仕事です」
「でも、エマ君……」
「情けない声をあげない。ほら、速くしてください」
「ううぅぅ……、わかったわよぉ……。ただし!」
急に声を張り上げたファリミトルは、
「ご褒美はデートね?」
「え……、はい」
しかし敬語で返すエマに、
「デート中は敬語禁止ね!」
念を押す、本格的なデートだよ、と。
「はあ……了解しました」
にっ、と笑ったファリミトルは、渾身の力を込めてマンホールの蓋を開く。
「んんんん~!!」
ごとり、と蓋が開く。
ファリミトルの手には、『薄緑のネバネバしたもの』が付着したが、彼女は気にしない。どこかふっきれたかのようだ。
「じゃあ、お先に」
そして、ファリミトルは突入した。
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