258人が本棚に入れています
本棚に追加
「こりゃ、りん!
一人で出歩くなと言っているだろうが!」
声を荒げる邪見の前には、りんが立っていた。
「お前は人間なのだぞ?
ワシら妖怪はそう簡単に死なないが、お前は人間ー」
「…イヤっ!」
そこまで言った途端、りんが両耳を塞いで叫んだ。
今のは失言だったと気付いたが、もう遅い。
「り、りんー」
大きな両目に涙が浮かぶ。
「わわっ、泣くなりん!」
殺生丸様に知られたら、間違いなく睨まれると焦った途端、勢いよく踏まれた。
「…邪見。死にたいか?」
(ひいぃ!)
…噂をすれば影が差す。
「殺生丸様ぁ…」
泣いているりんを連れ、人気のない場所へと移動する。
「…どうした」
「邪見さまがね…」
大分落ち着いたりんに何があったのかを訊ねる。
「『お前は人間だから、ワシら妖怪よりも先に死ぬ』って…そんなことは分かってるよ。でも、それでもりんは殺生丸のお傍に居たいの」
邪見の言ったことは間違いではない。
「ねえ殺生丸様」
「何だ」
「殺生丸様も、いつかはりんのこと忘れちゃうのかな?」
予想外の言葉に、軽く目を剥いた。
「りんは死後も殺生丸様のことを覚えていたいけど…殺生丸様は何かに縛られて生きることを嫌うから、だから…」
「りん。-それ以上は言うな」
ふわりと左腕で抱きしめる。
「お前は私に初めて天生牙を振るわせた人間だ。…そう簡単には、忘れない」
初めてこの牙を振るった日のことは、一生忘れないだろう。
「他の者が忘れても、私は覚えていてやる」
人はよし思ひ止むとも
玉鬘影に見えつつ
忘らえぬかも
―「万葉集」倭大后
最初のコメントを投稿しよう!