4.帰路

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でも確かに、ダイゴの奥さんは、両親のいるフランスを離れてニューヨークで暮らしているけど、テレーゼはニューヨーク生まれのニューヨーク育ち。 夫にしがみつかなくとも、親や友人などに事欠かない。 「妻をよく観察してると、欲しいバッグとかそれとなくサインを出してるよ。ルドも顕微鏡で妻を見ないと。」 ダイゴはルドの肩を叩いて笑った。 うーん。 きっと顕微鏡で見ようとしたら、テレーゼは余計に自分の欲しい物を隠してしまうような気がする。 きっと最初は彼女も、ダイゴの奥さんのように、素直に“私を見て”だったんだろうけど、長年の経過で今は諦めてしまったのだ。 身近に親や子供たちもいるし、それで夫不在の寂しさは埋められる。 その代わりに“私を見て”は、“意地でも見せてやるものか”に変わった。 ただ、“意地でも見せてやるものか”は、“私を見て”の屈折した形で、彼女は実は、顕微鏡どころか、内視鏡やCTスキャンで自分を見て欲しがっているのだ。 なぜ僕がこんなに彼女の気持ちが分かるかと言うと、彼女がこんなに意固地になってしまった原因は、僕にあるからだ。 ルドが、テレーゼよりも僕を愛しているからこうなる。 テレーゼはルドを世界で一番愛しているのに。 「…。」 だからと言って、僕は情け容赦はしない。 だって、彼が自分から僕を見捨てるなら仕方がないけど、僕に向いてくれているものをあえて突き放すほど、僕は人間ができていない。 エゴイストな僕だ。 僕は、ブランドショップの近くの売店で新聞を買い、立ち読みをしているルドの背中にオデコをくっつける。 「…。」 しばらくそのまま、癒しの時間を過ごす。 突然人影がさし、僕はルドの背中から、ルドは新聞から顔を上げた。 影の主、ナネッテ・シュトライヒャーはそんな僕たちを見て、美しい笑顔を輝かせながら言った。 「ホモ。」 ルドは驚いたように、でも嬉しそうに「違うさ。君はどうしてここに?」と言う。 “どうして”って、ルドを見送りに来たに決まってる。 「目の保養に。ここはブランドショップがたくさんあって、優雅な気分になれるでしょう?」 わざわざこんな遠くまで、しかも空港に、誰がブランド物を見に来るんだよ。ミラノに来たなら、デパートとかもっと盛りだくさんなスポットがある。
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