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「うまく言えないけど、言葉で想いを確認するとか、肉体関係を結ぶとか、そんなのってタカが知れてるんだ。」
彼の言葉を否定も肯定もせず、僕は言った。
「彼女との事、随分考えた?」
それには答えずに、彼は空港スタッフに促されるままに飛行機に乗り込む。
僕も彼の後について行きながら考える。
確かに聞くまでもなく、傍観者の僕より当事者のルドの方が、何倍も彼女との今後について考えただろう。
二晩、ホテルに二人きりでいる間、手を出そうとすればいくらでも出せる状況の中、彼は考えて考えて、結局は結ばれない事を選択した。
なぜ?
このご時世、楽しく不倫すればいいじゃないか。
「…。」
楽しく?
本当に楽しくなるのかな。
ルドは、セックスすると彼女を失う確率が高くなると言った。
シュトライヒャーは“去る者追わず”の性格だし、テレーゼも、ルドが遠く離れたイタリアで他の誰かを抱いたところで、気付かないだろう。
だから彼の言う”失う”は、浮気がバレて彼女を失うってことではないのだと思う。
もっと根本的なところで“失う”と言ったのだ。
恋人になると、最初のうちは楽しいかもしれない。
でも、恋する気持ちが高じてくると段々と独占欲が出てくる。
にもかかわらず、彼女は毎日他の男のために食事を作り、他の男のために洗濯をし、他の男のためにベッドを整えるのだ。
僕なら耐えられない。
僕が不倫をしたら、もしかして、毎日電話どころか、三分おきに電話をかけるかもしれない。
そしてもし繋がらなかったら、それこそ疑心暗鬼が頭をもたげてくるだろう。
今、旦那と過ごしてるんだ。
この今の瞬間、旦那とイチャついてるかもしれない。
「…。」
そんなことを気にしていては、不倫なんてできないとわかっていても、最初からそういう事が前提の関係だとしても、やっぱり人間はそう簡単には割りきれるものではないと思う。
自分自身の疑心暗鬼を戒め、愛する人を信じようとする気持ちと、でもやっぱり疑ってしまう気持ちは交互に表れて、ひとり相撲に疲れはてた後、とうとう彼女に言ってしまう。
「なぜすぐに電話に出ない?」
「今何をしていた?」
「仕事?嘘をつけ!」
彼女はどうして?って思うだろう。
彼は疑ってばかり。怒ってばかり。
そのうちに彼女は自分の意志で電話にでなくなる。
電話に出たら、また疑心暗鬼の目を向けられるから。
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