4.帰路

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「うまく言えないけど、言葉で想いを確認するとか、肉体関係を結ぶとか、そんなのってタカが知れてるんだ。」 彼の言葉を否定も肯定もせず、僕は言った。 「彼女との事、随分考えた?」 それには答えずに、彼は空港スタッフに促されるままに飛行機に乗り込む。 僕も彼の後について行きながら考える。 確かに聞くまでもなく、傍観者の僕より当事者のルドの方が、何倍も彼女との今後について考えただろう。 二晩、ホテルに二人きりでいる間、手を出そうとすればいくらでも出せる状況の中、彼は考えて考えて、結局は結ばれない事を選択した。 なぜ? このご時世、楽しく不倫すればいいじゃないか。 「…。」 楽しく? 本当に楽しくなるのかな。 ルドは、セックスすると彼女を失う確率が高くなると言った。 シュトライヒャーは“去る者追わず”の性格だし、テレーゼも、ルドが遠く離れたイタリアで他の誰かを抱いたところで、気付かないだろう。 だから彼の言う”失う”は、浮気がバレて彼女を失うってことではないのだと思う。 もっと根本的なところで“失う”と言ったのだ。 恋人になると、最初のうちは楽しいかもしれない。 でも、恋する気持ちが高じてくると段々と独占欲が出てくる。 にもかかわらず、彼女は毎日他の男のために食事を作り、他の男のために洗濯をし、他の男のためにベッドを整えるのだ。 僕なら耐えられない。 僕が不倫をしたら、もしかして、毎日電話どころか、三分おきに電話をかけるかもしれない。 そしてもし繋がらなかったら、それこそ疑心暗鬼が頭をもたげてくるだろう。 今、旦那と過ごしてるんだ。 この今の瞬間、旦那とイチャついてるかもしれない。 「…。」 そんなことを気にしていては、不倫なんてできないとわかっていても、最初からそういう事が前提の関係だとしても、やっぱり人間はそう簡単には割りきれるものではないと思う。 自分自身の疑心暗鬼を戒め、愛する人を信じようとする気持ちと、でもやっぱり疑ってしまう気持ちは交互に表れて、ひとり相撲に疲れはてた後、とうとう彼女に言ってしまう。 「なぜすぐに電話に出ない?」 「今何をしていた?」 「仕事?嘘をつけ!」 彼女はどうして?って思うだろう。 彼は疑ってばかり。怒ってばかり。 そのうちに彼女は自分の意志で電話にでなくなる。 電話に出たら、また疑心暗鬼の目を向けられるから。
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