4.帰路

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「おいっ!」 ルドの声がしてハッとする。 「何ボーッとしてるんだ?そろそろ離陸だぞ。」 彼が言い終わらないうちに、飛行機は動き出す。 「ジムはルドの事になると、自分の事のようだね。」 ダイゴは笑うけど、ホモと言われようがやっぱり気になる。 「あぁ、ナネッテからお前に伝言だ。」 「ナネッテから?」 「お前、彼女の商品の箱を、いくつかへこませたらしいな。」 あっ。ヴァイオリン制作キットの箱の上で寝てしまって、箱が潰れたんだった。 「へこんだらもう商品にならないらしい。全部お前んちに送るから弁償しろ、だって。」 うそっ! 潰した中には数万ドルするキットもあった。 「住所を教えておいたから、後はよろしくな。」 うそっ!うそーーっ! 飛行機が加速する。 「せっかく俺にも女友達ができたんだ。その友情を壊さない為にもだなぁ…。おっ!」 飛行機が浮いた。 “女友達”。 飛行機が昇る。 「友達なら、やっぱりキスくらいしても良かったんじゃないの?」 しつこい僕は彼に言った。 飛行機がどんどん昇る。 「馬鹿!今そんな事をしたらゴニョゴニョ…。」 えっ?何? ルドのはっきりしない言い方と飛行機の上昇音で聞き取れない。 みるみる小さくなる空港。 ミラノの都市から、イタリアの空から飛行機はどんどん離れていく。 「とにかくちゃんと弁償するんだぞ!」 ナネッテと結託したルドは、取り立て人よろしく言うけれど、さっきの言葉の続き、“今そんな事をしたら”どうなの? そう聞きたかった僕は、でも言葉を飲み込んだ。 ルドの瞳の片隅に、ほんのりと涙が浮かんでいるのを見たからだ。 「…。」 飛行機が飛行高度に達する。 客室にもホッとした空気が流れ、シートベルトサインが消えた。 「…。」 “今そんな事をすると”の後‥‥。 それは、“二度と離せなくなる。”だ。 彼は『All or Nothing』、つまり“全てかゼロか”の男だ。 僕のマネージャーになりたいと、ベルリンからニューヨークに来た時もそうだった。 普通なら、僕のマネージャーになる事が決まってから会社を辞めるだろう。 でも彼は、G社を辞めてから僕のところに来た。 中途半端な事ができないのだ。 キスをしたら、抱き締めたら最後。 ルドは彼女をシュトライヒャーの元へ帰せなくなり、自分自身もテレーゼや子供たちの所へ帰れなくなる。 だから、超プラトニックを貫いたのだ。
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