1.吸血鬼の城

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僕はジム・ブラッキン、29歳、ヴァイオリニスト。クラシックレーベルG社と専属契約を結んでいる。 現在はニューヨーク・マンハッタンのアパートに、産婦人科医の母と中学生の妹、妻の綾子と、小学生の美由、萌、乳児のベルと住む。 思えば、女性6人に男がひとりというハーレムのような環境にいるわけだけど、残念ながら僕は年間の3分の2は仕事で家にいないので、“女性に囲まれてウハウハ”という状態は味わえていない。 そんな2月のある日、G社ニューヨーク支社のスタジオで、次のレコーディングの打ち合わせをしている最中に、マネージャーのルードヴィヒ・シュミット、通称ルドが突然腹を抱えてうずくまった。 「痛い…。」 「ルド?」 我慢強い彼が、G社の人たちのいる前で苦悶の表情を浮かべる。 僕にもわかる。恐らくこれは単なる腹下しではない。 側に駆け寄った僕に、汗を浮かべながら彼は言った。 「し、幸せになれ…。」 ルド? ちょっと待ってよ。 「しっかりして!死んじゃダメだ!」 僕は真っ青になり彼をゆさぶる。 「い、痛い。揺らすなぁ。」 「ルド!ルド!」 「揺…ら…す…なぁ…。」 そして救急車が到着し、彼は僕の母の勤める総合病院に放り込まれ、即、手術室に運ばれた。 手術室前の待合椅子で待っていると、ルドの妻のテレーゼと、白衣を着た彼女の父親がやって来た。 げっ! 僕は条件反射で直立不動になる。 テレーゼの父親は僕の母の上司で、威厳の塊のような親父でちょっと怖い。 彼は一旦定年退職をした後に、名誉職で病院に復帰、サイン書きに留まらず、未だに白衣を着て院内を徘徊している。 彼は言った。 「ルドの様子はどうかね。」 僕は答える。 「午後2時頃にG社で腹痛を起こし、そのまま救急車で搬送、診察の上、手術に入りました。」 「手術の同意書は誰が?」 「本人がサインしました。」 「ふむ。執刀医の説明は聞いたかね。」 「はい。虫垂破裂による腹膜炎で、腸洗浄をするそうです。」 「ふむ。腸はなかなか洗えるモノではないから良い機会だ。」 本気か冗談か区別がつかない。 「君は帰っていい。」 「いえ、ここに。」 ルドが心配だ。 テレーゼが言った。 「アヤコがベルに泣かされてたわよ。」 ベルに? 「帰ってあげなさい。たまにしか一緒にいられないのだから。」 親父は出口を指す。 「…。」 少し迷ったけれど、お言葉に甘える事にした。
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